2004.6

2004年6月

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6月13日(日)
  今井義行さんの『ほたるのひかり』を読み終わる。正直言ってかな
りつらくてしんどい詩集だった。40歳を迎えての、一種の中年クライ
シスがここに描かれているな、と思った。心の状態が不安定になって、
クリニックに通ったことなども書かれている。ぼくも著者とほぼ同じ
年齢なのでよくわかるのだが、今の独身の40台は、若い時のライフス
タイルから驚くほど抜けられないものなのである。昔は年齢相応の暮
らし方というものが暗黙のうちに設定されていたように思うが、個人
が横のつながり・縦のつながりを大事にして年齢の軸に沿った生き方
をするという時代は去ってしまった。個人は守られることのない剥き
出しの個人としてずっと「自分自身」を維持していかなければならな
くなる。

 中年に達したのに、年を取れない不安感というものが、この詩集に
は張り詰めている。「同級生+1」という詩では、風俗店にいって同年
齢の女を指名した時のことが書かれている。せっかく風俗店に行った
のに、性欲の満足よりも、同じ年代の人間と交流して自分の位置を確
かめたい気持ちの方が勝っているのだ。
 「青春と舟歌」は、作者がファンであるマイケル・ジャクソンへの
思いをうたったもの。マイケル・ジャクソンの15年前の映像をDVD
で見るのだが、DVDプレイヤーをいじくりまわして画質の調整を行
っているうち、映像は何だかよくわからないぐにゃぐにゃした色の塊
に変質していってしまう。すばらしかった感動のシーンが、新しく導
入されたDVDの機能によって、不気味な「何か」になってしまうの
である。この不気味な「何か」は、成熟できないまま新しい時代の波
に押されていってしまう作者の自画像でもあるだろう。
 「イエスタデイ・ワンスモア」は、メールのやり取りだけしていた
女性と、初めて顔を突き合わせて会う日のことを描いている。作者は
初めて会うメル友を「文字のように真っすぐでも滑らかでもなく歪ん
でいる」と冷たく表現する。生身の人間とメールの文字は全く別物に
決まっているのだが、人間と深い付き合いを持つことに疲れも感じて
きているようだ。

 こうした精神的な危機を、今井さんはストレートな言葉で直裁に表
現していく。見たくはない傷口を突きつけられるようで、読む人によ
っては不快感さえ感じるだろう。思いが勝ちすぎて、詩の言葉として
昇華されきっていないような箇所も見受けられる。だが、直面した事
態に必死で反応しようとしている姿には打たれる。この詩集は、今井
さんにとってもぼくにとっても、なくてはならない一冊なのだ。

 一方、詩誌『ミッドナイトプレス』夏号では、瀬尾育生と稲川方人
が「文学とは何か」という対談をしている。井坂洋子の詩集を話題に
しているのだが、彼女の詩が「現代詩の流れのなかで、その最先端に
ある」と位置づけ、思念の深い層で言葉が割り切れていく面白さを持
つことを認めながら(「割り切れるということがどういうことなのか
の説明は一切なし)、最終的に詩は割り切れない余剰の部分が重要だ
として、井坂の詩に否定的な評価を下している。具体的に、どこがど
ういうふうに割り切れたり、割り切れなかったりしているのかを論ず
ることもない。それどころか、「熟読しているわけじゃない」らしい
のである。こりゃ、いい加減というか、ムチャクチャな批評ですね。
詩を論じるつもりなら、具体的に詩の言葉なり詩人の人生なりときち
んと向かい合いなさいよ。ぼくが思うに、彼らの言う「余剰」という
のは、作家としての自分たちの「神聖なる自我」のことで、そーゆう
曖昧なものの価値を読者に「自分たちは詩人なんだから認めておくれ」
と要請しているに過ぎないのだ。無論、それほど読者はヒマではない。
瀬尾も稲川もそろそろ詩人が知識人だという幻想を捨てて、自分自身
の人生と直接向き合って詩を書いてみたらどうだろうか。そうすれば、
他人の詩の姿もクリアに見えてくるはずだ。

 中野富士見駅にあるギャラリーHORIで「15人の若手写真家による小
さな写真コレクション」展を見る。「小さな」とあるが、どうしてど
うして立派な規模だ。東京写真文化館のキュレーター、篠原俊之(注
目すべき人材)によってプロデュースされた展覧会で、新しい写真表
現の芽に触れることができて嬉しかった。世話役がいるのといないの
とでは、作品の輝きというのはまるで違ってきますね。どうかまたや
ってほしいものだ。サイトウノリコさんの、水面に生えている草を撮
ったすばらしい作品を一枚買って帰った。
 
 さて、ぼくも先週で40歳になったわけだが、はっきり言ってどうっ
てことないですね。ぼくには、自分は自分の人生の脇役で終わってい
いや、という意識が昔からあるので、そいつを全うしてやろうかな。
ただ、もちろん人生何があるかわからないから、ハプニングも充分楽
しみたいと思いますね。