2006年11月

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11月26日(日)
 原朋直先生のトランペット教室に通ってから気になっていた「ジェイ
ソン・テラオカ 隣人たち」展を見るために原美術館へ。これはとても
刺激的な個展だった。ジェイソン・テラオカは1964年生まれ、ハワ
イ出身の日系4世の画家だ。映画の1シーンから取ってきたかのような
チープな情景を、これまたチープなマンガ的なタッチで描くのだが、そ
の一見のっぺりした絵を覗き込むと、そこには打ち震えるような繊細な
陰影が描きこまれている。見る者はそのギャップにぎくっとしてしまう。
第一印象としては滑稽さと軽妙さが、第二印象としては情け容赦のない
運命に翻弄されながら生きてきた人たちの悲哀が、やってくるというこ
と。
 ぼくが来場した時に、同時に団体客のご婦人方がどやどやと会場に入
ってきたのだが、彼女たちは口々に「気持ち悪い」だの「こういう絵は
好みじゃない」などと言いながら、結構熱心に見入っていた。つまり、
こちらの日常的な意識の均衡を微妙に崩してくるところがあって、好み
であろうとなかろうと、心に引っかかるものが隠されている絵なのだ。
絵画に詳しいとか詳しくないとかいったことは、ジェイソン・テラオカ
の作品を鑑賞する際には問題にならない。見る者は、彼の作品の中に、
どうにもならない自分の運命を見出してしまう。それは「気持ち悪い」
し、「好みじゃない」のであるが、だからこそ問題をそこに見出して絵
の前に立ち尽くさざるを得なくなってしまう。
 この画家の名前は覚えておこう、と思った。


11月25日(土)  最近音楽方面の活動で結構忙しい。12日は江古田のBuddyでサル サのライブ。お客さんの入りは余りよくなかったけれど、アンサンブル に気を配ったおかげで演奏は結構うまくいったと思う。いつもこんな風 に演奏できればいいのだが、お客さんがいっぱいのステージだとつい力 んじゃうんですよね。19日は曙橋のジャズ・バーFILL INでセッション。 小さな店だけど雰囲気が良く、ドラマーであるマスターの腕前も確か。 楽しい時間を過ごさせてもらいました。そして今日は新宿ゴールデン街 のFlapperでボラーチョスのメンバーとミニライブ兼馬鹿騒ぎ。深夜3時 にタクシーで帰宅するハメになりました。  まあ、何にしても音楽は理屈抜きに楽しい。  18日の土曜日に、仕事で澁澤龍彦の家に行ってきた。ぼくの会社はホ ラー評論家の東雅夫さんのサイト「幻妖ブックブログ」とサイト提携し ている。というより、バックヤードの管理をこちらが受け持っている。 東さんには、注目した幻想文学関連の本をこのサイト経由で販売しても らっているというわけ。今回は、『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書総目録』 (国書刊行会)を売り出すのに、購入者特典をつけようということにな り、澁澤亭を訪問してその記録をウェブ上でページにし、メール配信し ようという大胆な策を思いついた。東さん、カメラマン&ライターのタ カザワケンジさんの付き添いとしてぼくも足を運ばせてもらったという ことです。  澁澤亭のある北鎌倉は、観光地としての華やぎと静けさが同居した素 敵な土地だ。駅からちょっと歩いて、山道を登ったところにある優雅な 山荘風の家がそこ。  夫人の龍子さんがにこやかに迎えてくれた。客間には金子國義やベル メールの作品が飾ってあって目を奪う。だが、ゴテゴテ自慢げに飾って いるわけではなく、気に入ったものだけを身の周りに置いているという 感じ。旅行中や散歩中に拾ってきた木の実や石をカプセルにつめて幾つ も並べていたりする。「自分の好きなもの」というものに非常に忠実で 守備範囲外のものには見向きもしない性格だったのだろう。もちろん書 棚も見せてもらったのだが、学者の書庫という感じは希薄で、体系的に 網羅的に書物を収蔵するというのでなく、目下追っているテーマに沿っ て必要な本を必要なだけ集めている。龍子さんのお話によると、図書館 を利用することは少なくて必要な本は全て買っていたという。恐らく買 い集めたほとんどの本は、精読したことだろう。予想はしていたが「少 年の部屋」の匂いがたちこめていて、この不器用さ、この一途さ、この 徹底したナルシシズムが、今もって若い人たちを惹きつける要因なのだ と思った。  撮影が終ってから(なんとトイレまで撮らせてもらいました!)龍子 さんの楽しいお話をうかがう。澁澤龍彦は、つくしなどの野草をつむの が好きで、つみ始めると時のたつのを忘れるほどだったという。ああ、 そうかもしれないなあ。何事にも、没入すると我を忘れてしまうのだろ うなあ。インタビューのあとにワインを振舞っていただきました。  この日の写真&インタビューは滅多にない特典になるだろうから、興 味をお持ちの方は即、ご購入を! なんてね。  今日は「スーパー・エッシャー展」に行こうとして満場で入れず、松 涛美術館の「迷宮美術館」展に行く。銀行員であり、詩人・美術評論家 でもあった砂盃富男のコレクションを展示したもの。マッタやエルンス ト、ベルメールらのすばらしい作品が並ぶ。彼は休日ごとにギャラリー に足を運び、いいと思った作品をコツコツ買い集めていたという。そし て前橋では、前衛美術の世話役のような仕事もやっていたようだ。アー トの問題を語る時、「愛好者」の存在をはずすことはできない。コレク ターの精神の世界を覗き込むような展示でとても楽しかった。美術品の 展示だけでなく、もっとコレクターの人となりを示すもの(例えば銀行 での仕事仲間の証言とか)を展示に含めても良かったかな。芸術と生活 世界とのつながりがわかって、企画にふくらみが出ると思う。松涛美術 館はコレクターを中心とした展覧会をよくやるので今後に期待したい。  昨夜、長澤まさみ主演のドラマ「セーラー服と機関銃」が最終回を迎 えた。ぼくはそれほどドラマを見ないのだが、「セーラー服」はそこそ こ面白かった昔の角川映画のリメイクなので興味を惹かれたわけです。 長澤まさみの演技には迫真性があったし、演出・構成もきびきびしてい て楽しめた。ただ、昔の薬師丸ひろこの映画が、廃れつつある任侠の世 界への愛惜感よりも来るべき消費社会への期待の方を印象づけるような 軽妙な作品に仕上がっていたのにかかわらず、長澤まさみ版のドラマが 重くて「マジな感じ」を志向しているのに驚く。もうすっかり「終って しまった」ヤクザたちの人情の世界に、半ば本気で憧れているような眼 差しでドラマが作られているんですね。あの「快感!」という軽い感じ がない。時代の、余裕のなさを反映しているのかな。物語から一歩引い て遊んじゃうといった軽さがなく、結果として全く別物の作品になって いる。面白くもあり、危なくもあり、と思った次第です。
11月11日(土)  疲れていたので午前中ずっと寝ていた。夕方から気になっていたギャラ リーを二つ見てまわる。  中目黒のミズマ・アート・ギャラリーで、鴻池朋子「惑星はしばらく雪 に覆われる」展と烏丸由美「「分身 - everyday life」 展を見る。   鴻池朋子は、背景に残酷なメルヘン調の物語を想像させる、恐ろしく緻 密な作品(絵画・アニメーション・彫刻)を発表。女性性それ自体をトラ ウマとみなし、それをメルヘン風な物語で象徴的に表現するというやり方 は、しばしば女性作家が取るものであり、とりたてて新しいというわけで はないけれど、鴻池朋子の場合、執念が並でない。物語を作るというより 物語の中で生活している気持ちにならないとあそこまではいかないのでは ないか。鋭く、細密極まりない鉛筆画、ガラスを貼り付けたオオカミの彫 塑、不思議なストーリーのアニメーション、どれも印象に残った。  烏丸由美の作品は、子供からハイティーンくらいまでの女性の日常的な 姿ををマンガ的なタッチで描いたもの。マンガ的といっても決してマンガ そのものでなく、抽象化されたマンガである。日常が即、メタ日常に裏返 っていく面白さがあった。  外苑前のときのわすれものでは、写真展「都市への視線」を見る。20 世紀の著名な写真家たちが都市の光景を撮った作品を集めたもの。とりわ けアンドレ・ケルテスの幻想的な雰囲気の作品が印象に残った。イリナ・ イオネスコがエジプトのカイロを撮った写真も、旅人の視線の在り処を示 していていいなと思った。  帰りに渋谷の新しくできた店で坦坦麺を食べたが余りおいしくなかった。 そのあとドトールに入り、東雅夫編『森鴎外集 鼠坂』(筑摩文庫)を読 む。鴎外の怪談作品を集めたもので、全体にあっさりすっきりした感じで、 おどろおどろしさはないのだが、読後にじわっと怖さが滲み出る。今まで 鴎外の作品に余り親しむことはなかったのだが、言葉で非現実感を演出す る手際はすごいと思った。大風呂敷を広げず、淡々と細かな情景描写を重 ね、きちんと小味で勝負してくるところがいい。明治の文学のいいものも もっと読んでおかなければ、と少し反省した。
11月4日(日)  この連休は音楽漬けで過ごした。  2日は新宿ゴールデン街のラテン・バー「ボニータ」の一周年記念の会 で演奏。「ボニータ」は若くて美人の2人のママが経営している店で、ラ テン音楽の店であることから、ロス・ボラーチョスとも縁が深い。お二人 ともライブもよく来てくれている。当日はものすごくたくさんのお客さん が集まり、「ボニータ」の人気に驚かされました。ゴールデン街の店の人 も多数詰めかけ、人情の厚さを改めて感じさせてくれました。  3日は大学の先輩であり音楽仲間である西澤純一さん関係の2つのバン ドのライブを聞く。コンフント・ヒバロとサルサ・デ・オリエンテ。コン フント・ヒバロは本格的なニューヨークサルサをやっている古くからある バンドだが、最近はメンバーが忙しくて余りライブをやっていなかった。 ちょっと練習不足の感もあったけれど、どっしりしたサウンドで楽しめた。 サルサ・デ・オリエンテは西澤さんの転勤先の博多のバンド。博多ではか なり有名なバンドらしく、東京のライブということで皆気合が入っていた。 ヴォーカルの男性がとりわけすばらしく、リーダーのトランペッターも、 若い女の子のコンガもうまかった。全体的に練習をびっちりやっている感 じでカッコよかったけれど、もう少し柔らかいノリも欲しかったかな。  今日は母校である都立大(今は首都大学東京か)の学園祭に、自分がリ ーダーをやっているジャズのバンドで出ました。お客さんは喜んで聞いて くれたけれど、反省点続出! もっとアンサンブルをきちっと整えなけれ ば。ということで、今後の練習メニューを練り直すことにしました。    以上で怒涛の連休はあっという間に過ぎてしまいましたが、実は来週の 日曜はまたサルサのライブをします(笑)。場所は江古田Buddyですので 皆様、お誘いあわせのうえ、どうぞお越し下さい。