2009年2月

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2月22日(日)
 面倒を見ているノラ猫の一匹を捕まえて動物病院へ。去勢手術を施すためだ。
本当はメス猫から先に行いたかったが、捕まえて猫キャリーに入れようとした
ところものすごく暴れたので断念して、代わりによく遊びに来ているオス猫に
した。運んでいる最中も余り騒がなかったので、ひと騒動を予想していたぼく
はちょっと拍子抜け。手術は明日で、一週間後に引き取りに行く予定。ノラ猫
を避妊・去勢手術に連れて行くのはこれで二回目。良かれと思ってやっている
こととはいえ、生き物の運命を決定的に左右する行為を行うのは気が重いこと
だ。帰って疲れきって、半日程眠ってしまった。

 起きてちょっと会社の仕事をしてから、渋谷アップリンクファクトリーに行
って、サンドリーヌ・ボネール監督のドキュメンタリー映画「彼女の名はサビ
ーヌ」を見る。サンドリーヌ・ボネールは、「仕立て屋の恋」などで有名な女
優だが、本作は自閉症である妹サビーヌとの関わりあいを濃密な感情をもって
描いたものだ。
 サビーヌは自閉症ではあったが、少女の頃は明るく活発で、ピアノを弾いた
り手芸を行ったり、スクーターに乗ったりと、物事に対して前向きで積極的だ
った。本作にはボネール監督がプライヴェートで撮影したサビーヌの過去の映
像も多数挿入されるが、過去のサビーヌはほっそりとして美しく、理知的に見
える程である。水浴している映像などは、まるで天使のようだ。しかし、サビ
ーヌは兄弟の死などをきっかけに精神のバランスを崩していき、精神病院に入
ったが、適切な治療がなされず、5年の間にひどく悪化してしまったという。
現在のサビーヌは、多量の薬を服用しなければならず、内向的で、肥満し、気
に入らないことがあると乱暴なこともするといった有様だ。しかし、それでも
精神病院から戻った時よりもだいぶ回復したのだという。ボネール監督自身が
設立のために奔走した現在の福祉施設は、入居者の自立を重んじる方針でスタ
ッフにも恵まれている。ボネール監督は、妹とのやりとりを中心に、他の自閉
症患者の様子にも注意深く気を配り、自閉症の人間の置かれた状況を社会に対
して訴えかけている。
 この映画のすばらしいところは、姉としての深い愛情、監督としての冷静で
分析的な視点、自閉症の実態を知ってもらおうとする福祉運動家としての啓蒙
的な姿勢が、どれも溢れんばかりに画面から感じられるところである。妹に対
して献身的でありながら、同時にその奇矯なふるまいから目をそむけようとし
ない。真実というものの手ごたえがずっしりとあるのだ。「明日も会いに来る
?」と姉に何度も何度も聞くサビーヌの姿は、不安な気持ちとともに、愛する
人がいることの幸福感も伝えてくれて、複雑な余韻を残す。
 フランスは、福祉に関して先進国だと思っていたが、そうでもないことがわ
かって少し驚いた。とても良い映画なので、興味を持たれた方は是非見に行っ
て下さい。

 水曜日に、ピアニストの千葉香織さんに誘われて、都立大のJaminという店
にジャムセッションに行った。小さいが気持ちの良い店で、11時頃まで楽し
く演奏できた。近くにこんな店があるとは知らなかった。またセッションの日
に足を運ぶことにしよう。


2月11日(水)  小学校の同級生だったタレントのよしきくりんさんが出演するダンス・パフ ォーマンスを見るために、横浜の赤レンガ倉庫ホールへ。  やはり同じ学校だった林さん、篠原さん、そして彼女たちのお友達と連れ立 って、女性5人にぼくだけ男性という形になった。篠原さんはブラスバンド部 の仲間だったが、お会いするのは中学卒業以来。お元気そうで、昔の面影がそ っくり残っていた。ホールは、元々倉庫だけあって通路が長く、面白い造りだ った。既に満員に近く、席を確保するのが大変だった。  この催しは横浜ダンスコレクションRの受賞者公演で、今回は韓国のグルー プも含めた3つのパフォーマンスが披露された。  よしきくりんさんが出演したのは、橘ちあ振り付けの「TULIP」という パフォーマンスで、最初の回に上演された。背景にアニメーションが流れ、男 女5人がポップな音楽に合わせて踊る。「あるアパートの管理人と住民」とい う設定のようだが、特定の筋はない。ピストルを撃ちまくる男、バレリーナと 思われる女性など、個性的なキャラクターたちが集合離散する様が楽しい。よ しきくりんさんは、じょうろを持って花に水をやる仕草を中心にユーモラスな 演技を披露してくれた。あえて無表情を装ったクールな顔つきで唯我独尊とい った感じで舞台を歩き回る様がかわいらしくもおかしい。華やかではあるが、 基本的にはとてもシンプルな構成の、素直に楽しめる作品だった。  休憩をはさんで、二部の最初の演目はイ・ソンアの「Out there」。 閉じられたドアの前で、女性がもだえ苦しむソロ・パフォーマンス。ドアを開 けようとするが開けられず、絶望したうずくまった時に、ドアが開いてその奥 で女性が天使のようなダンスを披露する、という話。パフォーマーによると、 創作の苦しみを描いたものということだが、もっと広く、人間誰もが陥る閉塞 感を、全身を使って表現したものと言えるだろう。土方巽の暗黒舞踏のような 雰囲気もある。性的な要素も加味された、豊かなボディ・ランゲージに驚くば かりだった。  最後の演目は、パク・ヨンクール振り付けの「Whisper in th e Air」で、男女三人のパフォーマンス。動物の鳴き声の真似をしたり、 調子っぱずれの歌を歌ったりと、ユーモアのある演技で客席を湧かせた。しか し、おかしいだけでなく、何か不条理な壁にぶちあたっているような仕草も多 く見受けられ、複雑な味わいを残す。抑圧に対して抵抗しつつ、生活の楽しみ を見つけていく民衆のたくましい姿を比ゆ的に描いたものではないかと感じら れた。  3作ともとても見ごたえのあるもので、ぼくは滅多にダンスは見ないのだが、 心から楽しんでしまった。終演後、よしきくりんさんに挨拶。たくさんの人に 囲まれ、公演の成功を祝ってもらっていた。おめでとうを言って、プレゼント を渡す。その後、赤レンガ倉庫のショッピング・モールをちょっと歩いて、会 社の仕事を片付けるために先に帰る。中華街を通り、エビチリまんを頬張りな がら駅に向かう。  野村尚志さんの詩誌「凛 19号」が面白い。  二頭の馬が草を食べている絵をあしらった展覧会のつり広告を見て、結局そ の展覧会には行かなかったが、絵の中の風景だけは頭の中に残っているという 「緑」が特に良かった。そういう憂いを帯びた、淡い幸せって人生の中にある よねって感じ。帽子屋の店主の老人と樹木について話す「冬の樹」、病院の待 合室で手に取った本の端が三角に折られていることに目を留めて、そこから抽 象的な想像を広げていく「三角」も、日常の中でただ流されていってしまう光 景に名づけをして、永遠性を持たせていこうとする詩人の気持ちが濃密に表わ れていて興味深かった。
2月8日(日)  このところ忙しくてなかなか詩に向かう時間が取れなかったが、ようやく一 編書くことができて嬉しい。ノラ猫との関わりを綴った詩とも散文ともつかな い行わけ雑文とでも言うような作品だが、猫がお好きな方は読んでみて下さい。  読みさしのままだった恒川光太郎『草祭』(新潮社)をようやく読了。これ はすごい小説ですね。いつものように異界をテーマにした作品集だが、話者と 住んでいる世界に違和感を感じて、無意識のうちに(とは書いていないのだが) 異世界を召還してしまい、それに囚われていくと同時に魂の自由を得る、とい う作りになっている。異界はグロテスクであり、時に残酷でさえあるが、話者 が渇望する心の共振を実現する点で、話者を救う。宗教性を強く感じさせる作 品で、仏教者の方の感想などを聞いてみたい気になった。  昨日は、ジュンク堂書店池袋店で開催される、昆虫食をテーマにしたトーク セッション(七月堂の内山昭一さん、詩人の白鳥信也さん、渡邊十絲子さんが 出演)に行こうとしたが、既に満員で入れなかった。なぜ昆虫食がこんなに人 気があるのか。いつか内山さんに会の様子を教えてもらおう。