2015年1月

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1月31日(土)
 鈴木志郎康さんの家の手伝い。12時に長田さん、薦田さんと待ち合わせ、
鎌倉パスタでご飯を食べてからお宅へ向かう。独立されている息子さんの部
屋にリフォームの工事が入るということで、机や棚などを運び出す作業が主
だった。かなり手ごわかったが何とか遂行できてほっとする。作業後、お茶
を飲みながら雑談。長田さんが作ってきてくれたおいしい煮ものをつまむ。
十字式健康法など、整体やマッサージ、理学療法関係の話題が飛び交った。
ぼくはこの方面には全く不案内なので新鮮だったが、そう言えば妻もよくマ
ッサージに行っている。
 6時半すぎに妻と武蔵小金井で落ちあい、ハンバーグレストラン葦へ。い
かにも昭和の洋食屋さんといった感じの店だった。ハンバーグセットと赤ワ
インを注文。特別なところはないが、毎日食べて飽きないような、安心でき
る味だった。帰宅して早目に休む。
1月25日(日)  メルマガのコラムのために、映画「白夜のタンゴ」の感想の下書きをする。 午後、妻と一緒に花小金井方面にウォーキング。風は冷たいが晴れていて気 持ちが良い。のんびり歩き、小金井公園にも寄る。この辺りは余り洒落た店 などはないが、こうやってゆっくり歩くと面白そうなスポットがあちらこち らにあるものだ。夕食後、サルサバンドの練習へ。
1月24日(土)  掃除をしつつ詩作をしつつ。夕方、何とか仕上げて、「浜風文庫」のさと う三千魚さんに送る。浜風文庫のおかげで、月一作のペースで作品を書くこ とができて嬉しい。夕食に焼き肉を食べる。
1月18日(日)  昼間、きのうサボッてしまった掃除をやる。それからトランペットの基礎 練習をし、詩の下書きをする。夜は妻の作ってくれたカキ鍋。ダシがよくと れていておいしかった。食後、サルサバンドの練習へ。
1月17日(土)  二度寝してしまい、起きたら10時半。慌てて支度して代々木上原へ。今日 は鈴木志郎康さんの家の整理に行く日。長田さん、薦田さんと鎌倉パスタで 食事をしてからお宅へ。今井さんが先にいらしていた。  去年できなかった部分の片づけを行う。かなりの難関(!)と思われたが、 今井さんのやっているのを参考に作業したらだんだんコツが掴めてきた。結 果的にはかなりのところまで整理できたと思う。  作業の後、みんなでお茶。猫のママニちゃんが人懐こくてかわいい。志郎 康さんのお宅を出てから近くの店で更にお茶をを飲み、詩の話などで盛り上 がる。
1月12日(月)  休日にしてはちょっと早起きして妻と渋谷のユーロスペースへ。ドキュメ ンタリー映画「白夜のタンゴ」(ヴィヴィアン・ブルーメンシェイン監督) を観る。タンゴの起源はフィンランドにある、と聞かされた3人のアルゼン チンのミュージシャン、歌手のチーノ、ギターのディピ、バンドネオンのパ ブロは、フィンランドから出演の依頼があったのを幸いに、タンゴ・フィン ランド起源説を確かめに行く。レンタカーで回る貧乏旅行だが、先々で出会 うフィンランドの個性的なミュージシャンたち、それに美しい自然、サウナ 風呂。彼らは、自分たちとはまたひと味違ったフィンランドのミュージシャ ンが奏でる音楽のすばらしさに目覚めると同時に、フィンランドの風土にも 魅了される…。筋としてはこんなところで、目立ったトピックスなどは特に ない。人と人の出会い、人と風土の出会い、出会いが愛情をこめて、丁寧に 描かれているのだ。ドキュメンタリーと言っても、(恐らく)企画された旅 の話であって、メンバーが喧嘩したりすることもないし、道に迷ったことを 覗けば、思いがけない展開というものはない。思いがけないのは出会いだけ ということだ。いかにもフィンランド人といった顔立ちのミュージシャンた ちの味わいのある表情は幾ら見ても見あきない。これが映画の魔力なのだ。 全編を流れるタンゴ音楽(いわゆる映画音楽でなく、顔の見えるミュージシ ャンたちが演奏した手作りそのものの音楽)には感動せずにはいられない。 農業と営みながら音楽をやっている夫婦のシーンは特に良い。歌手でもある 奥さんが料理をふるまいながら、「バターは軽い食べ物だ」と言ってのける のも、なるほどと思った。  映画館を出て、春秋という和食ダイニングで食事。妻が偶然見つけたとこ ろだが、有機野菜の取り放題がついている。ぼくは鶏の定食を、妻は鮭の定 食を頼んだ。野菜は確かにうまい。女性の客がいっぱい来ているのも頷ける。  その後、神保町に移動し、ギャラリーThe Whiteで、知り合いの タカザワケンジさんの写真展を見る。あいにく、タカザワさんは留守だった が、作品は興味深かった。北朝鮮(明示してはいないが)の街の様子を撮っ た写真ばかりで構成されているが、隠し撮りに近い感じで撮影したのではな いかと思われる。日本で言えば、70年代初期風の、それなりにモダンな感じ のマンションが立ち並ぶ中に、どこか表情の硬い市民たちが歩いている。安 部公房の小説のような、浮遊感と言うか、不条理感が漂う。管理社会の影が 射しているのだろうか。タカザワさんはこれらの写真を「書き割り効果」が 出た写真と呼んでいる。  無印良品によって買い物をした後、帰宅して、妻の弟さんからいただいた 紅茶を楽しむ。
1月11日(日)  掃除をしてからサルサバンドの会計仕事をする。バンドの財政状態はまあ まあだが、ライブの予定がしばらくないのでちょっと心もとない感じも。そ の後、トランペットの基礎練習を少しやる。晩御飯は香味野菜と豚肉の鍋。 最近、グリル鍋を購入したので、早速妻が鍋料理に挑戦したというわけ。う まく煮えていておいしかった。夜、今年初のサルサバンドの練習へ。
1月10日(土)  掃除をして午後、三鷹ソニドにセッションに行く。テナーサックスのうま い人がいた。5時まで楽しく演奏して帰宅。    パリの週刊新聞社「シャルリー・エブド」襲撃事件の犯人が、訓練及び指 令を受けたプロのテロリストであることを知る。多くの方が亡くなった悲惨 な事件だった。テロリスト(実行犯というよりは指令を与えた方)は、西欧 社会にとって「表現の自由」が譲れない価値であることを知り抜いており、 それを攻撃することによって、社会に動揺を与え、排外主義に走らせようと しているように見える。つまり、テロリスト側は排外主義をわざと引き起こ して、それをメシのタネにしようとしているのではないか。テロリストたち はテロリストたち自身の利益のために行動しているのであって、民衆を愛し ているわけでない。フランス社会が行わなければならないのは、「表現の自 由」を堅持するとともに、ムスリムや移民が排斥されることのないように力 を尽くすことだろう。しかし、既にモスクが銃撃されるなど反イスラム運動 がおこりかけているようだ。それではテロリストたちの思うつぼだ。犠牲と なられた方のご冥福を祈るとともに、「私はシャルリー」が、ムスリムや移 民への反感に転化しないことを祈りたい。
1月4日(日)  風邪がぶり返して熱が出たのでひたすら休む。休みつつ、メルマガのコラ ムを書き、何とか完成。明日は仕事なのでちゃんと治しておかなければ。
1月3日(土)  ぼくと妻のそれぞれの家族との新年会。ぼくの両親に妹夫婦、妻のご両親 と弟さんが参加。場所は相模大野の中華料理店新福記。時間より少し早く来 たのだが、どちらの両親も既に来ていた。カジュアルながら本格的なコース で、久しぶりに中華をたらふく食べて、近況報告をしあった。食後にお年賀 を交換する。  その後、妻の実家に集合。お茶を飲みながらなごやかに喋る。箱根駅伝で 青学が優勝したことを知り、おおっと思う。
1月2日(金)  神田明神へお参り。結婚式を挙げた神社だ。晴れていたが、かなり寒いの で、防寒対策をしっかりやった。12時半頃に到着。予期していた通り、長蛇 の列ができている。昨年も経験しているので、どうってことはない。待つの も楽しみの一つと開き直る。獅子舞つきいの御神楽も始まり、楽しませても らう。1時間半ほどで順番が来る。皆が健康でいられたことを感謝し、家内安 全を祈願。御守りを買って、神社を後にする。甘酒を買って飲み、体を温め 後、駅近くのスープの店「スープストック」で昼食。ちょっと風邪気味なの で、帰って休む。
1月1日(木)  新年明けましておめでとうございます。  今年もどうぞよろしくお願い致します。  妻が作ってくれたお節を食べ、近所の回田氷川神社にお参り。小さな神社 で普段は賽銭箱もないのだが、今日は神主さんがいらしていた。お参りした ら蜜柑をくれた。地域密着型の神社ですね。  それから妻の実家に挨拶。親戚の方もいらしていた。料理を食べながら、 ワイワイ雑談をする。いつも思うのだが、お義母さんは本当に料理が上手だ。 妻のお父さんはフィリピンで仕事をしていたことがあり、フィリピンの友達 がたくさんいるが、そのお友達をiPADで呼びだして新年の挨拶をしあう。 フィリピンの方々の陽気さにはびっくりさせられる。  雪が降り始めていてかなり寒い。ぼくの実家に行く前に、ドトールでコー ヒーを飲んで体を温める。デパートで猫のファミとレドのお土産も買う。  ぼくの実家の周辺では結構雪が積もっていた。5時頃着いて、おめでとうを 言う。料理をいただきながら近況報告をする。猫たちは、久しぶりに来たせ いで、ちょっとよそよそしかたが、お土産の猫用カツオブシは気に入ってく れたようだ。8時前に御暇し、帰途に着く。