2020.10

2020年10月

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10月31日(土)
 妻と大山へ遊びに行く。8時半頃家を出て、ロマンスカーに乗ろうかと思
ったが満席で乗れず、急行で行くことにした。一時の自粛ムードは解けてき
ているようだ。お店を覗きながらのんびり坂を登り、ケーブルカーに乗って
阿夫利神社へ。紅葉真っ盛りには少し早い感じだったが、景色は十分美しく
心が元気になった。阿夫利神社にお詣りし、高所からの景観を更に楽しむ。
江の島、三浦半島や房総半島も見えた。またケーブルカーで大山ケーブル駅
まで降り、ねぎし旅館で豆腐定食をいただく。食後、ゆっくり店を見て回り
ながら下山。せんべいを焼いてもらって歩きながら食べる。このせんべい屋
は前から気になっていたが、初めて食べてちょっと感激。おいしかったし、
焼く手つきも面白い。特産品の独楽を買い、きゃらぶきを買う。無理しない
散歩みたいな大山登りを楽しんだ。本厚木で母がやっている花甕に寄り、近
況報告をし、お皿を4枚購入。
 帰って家事をし、トランペットの練習。夕食は豆腐とタラの鍋。昼も夜も
豆腐だが、豆腐大好き人間なので大歓迎だ。
10月25日(日)  朝食後草むしり。しばらくネットで情報収集し、ウォーキング。新小金井 街道沿いのインド料理店でマトンカレーを食べる。タンドリーチキンとサラ ダもついて890円。辛かったがおいしかった。小平駅のポエムでコーヒーを飲 みながら読書。帰って支度し、サルサバンドの練習へ。
10月24日(土)  朝食後、運転と掃除。午後、ダスキンがきてエアコン等の検査とクリーニ ングをしてもらう。1時間ほど丁寧にやってもらった。風呂のエプロンもみ てもらう予定だったが中を開けられないタイプだというので了解した。その 後、トランペットの練習をし、『平成怪奇小説傑作集3』を読む。6時頃夕 食づくり。さわらのつけ焼き、肉野菜炒め、サトイモの味噌汁。デザートの 柿がおいしい。もう秋も深まってきた。  トランペッターの近藤等則急死。いろいろ活動をしている最中だったので 驚いた。途轍もないイノヴェーダーだった。
10月18日(日)  朝食後、運転をし洗濯。詩の遂行をし、『平成怪奇小説傑作集』を読む。 駅前のスシローで食事をして、くまざわ書店で『平成怪奇小説傑作集』の3 巻目を買う。それからサルサバンドの練習へ。途中、ナカマスでご主人おす すめの白ワインを購入。フランスではコロナが流行中だが、ヒマになった学 生らがブドウの取入れの仕事に来てくれて、かえってワイナリーは楽になっ たとか。
10月17日(土)  雨。朝食後、掃除をし、トランペットの練習。昼過ぎにウォーキング。文 教堂は結構人が入っていた。帰り途中で定食屋で食事。ものすごい量が出て、 びっくり。ヒレカツ、イカフライ、揚げナス、まぐろ刺身が詰まっていて、 ヒレカツが食べきれず残したら店のおばさんがもったいないから持ち帰りし なさいと言われ、ビニール袋に入れてもらった。おいしかったです。図書館 に寄り、詩集を何冊か借りる。「現代詩手帖」も置いてあって「現代詩アン ソロジー特集」をぱらぱら読む。「現代詩手帖」はやっぱり「現代詩」の雑 誌なのだなあ(!)という印象。帰って『平成怪奇小説傑作集』を読む。夕 食はブリの照り焼き。
10月11日(日)  曇り。午前中車の運転。お昼に昨夜テレビでうまいとされていたカップラ ーメン「すみれ」を食べる。スープは良いが麺はやっぱりカップラーメンだ なあと思う。一般の家の一部を改造して開店した森のくま君プリンを買う。 ぼくが買って本日売り切れとなった。サルサバンドの練習に少し早く家を出 る。明大前の七月堂に寄り、後藤さんとおしゃべりし、小島日和詩集「水際」 を買う。18時よりサルサバンドの練習。11月7日に藤沢の野外ステージで短い ライブをする予定。
10月10日(土)  雨。朝食後掃除をしてトランペットの練習。すき家でサケ定食を食べ、ガ ストに入って詩作と『平成怪奇小説傑作集』の読書。短い詩だが書き上げる ことができた。帰って夕食。サケとキノコの炊き込みご飯、マコウダイのゆ ず風味のつけ焼き、鳥唐揚げ、サツマイモと干しイチジクとナッツのサラダ、 ペンネとタマネギのスープ。妻が料理を頑張ってくれた。ありがとう。  菅総理が学術会議の人選に口出ししたことで責められている。ソツなくや るのがせめてもの取り柄だと思っていたが、早速馬脚を現した格好。
10月3日(土)  ユアンドアイのZOOM合評会の日。朝食後、提出作品を読み直し、13時から 本番。さとうさん、白鳥さん、関さん、長田さんが参加。今回もめいっぱい 詩を読みあい、心地よい緊張を感じた。終わってZOOM飲み会。小熊秀雄賞を 受賞した長田さんにお祝いを言う。18時頃散会し、短い散歩。夕食はサンマ、 カボチャとひき肉の煮物。サンマは不漁で高かったがおいしかった。
10月3日(土)  最近にしては少し暑い。朝食後、運転と掃除。それから東銀座のIG Photo Galleryでタカザワケンジ写真展「郷愁を逃れて」を見る。  今は評論家・ライター・写真家として活躍するタカザワさんが会社勤めし ていた1995-97年頃に撮った写真に加工施し、集成したもの。バブルの残り香 が漂う東京のオフィスや街角が写されている。  元となる写真はラフな感じで撮られたプライベートなもので、近過去であ る90年代は今と似ているようで少し違う。パソコンはやたらガタイが大きく、 資料の保存はまだまだ紙が主流、写真はケータイでなく基本カメラで撮る、 など。タカザワさんのいた会社はフレンドリーな雰囲気のようでオフィスで 飲み会をしている写真もある。タカザワさんは人物の顔に全て派手なボカシ を入れている。90年代には顔出し写真は普通だったが、SNSが盛んな今は 肖像権がうるさく言われるために簡単に顔を映し出せない。恐らくタカザワ さんは、肖像権の関係でボカシを入れたというよりも、肖像権に敏感になっ た現在の空気を表すためにボカシを入れたのだろう。顔が見えない分、風景 に自然に感情移入ができず、かつてあった現実のオブジェを見せられる感じ がする。もちろこれは意図的なものだ。  2、3枚の写真を合成したり、光の具合を調整したりなど、当時は気分の ノリで何気なく撮った写真をコンピュータに取り込んでひねくり返した形跡 をわざと見せて作品化している。撮られたのは90年代だが、作品化した今は 2020年だということ。2つの時空が混ざり合う奇妙な味わい。  プライベートな過去を突き放してオブジェ化する試み、写真についての写 真&メタ写真の試み、と言うことができるが、実はこれらの作品の魅力はそ の先にあると思う。これらの風景はタカザワさんが生きてきた軌跡そのもの である。不安がありながらも今よりも少し羽振りが良く、残業は天井知らず で人使いが荒く、セクハラ・パワハラも横行していた、生身の自分が立ち会 ってきた生身の現実がここに残されている。懐かしくもあるが嫌な想いもあ った、過去を見つめる時の複雑で苦い気分がそこはかとなく漂っている。  突き放した態度で現実を完全にオブジェ化するトーマス・ルフの写真と違 い、タカザワさんの写真は過去の自分との臍の尾を残している。写真を挟ん で、過去の自分と現在の自分が目をそらしあいながら対峙しているという風 に見える。感傷のオブジェ化とオブジェの感傷化を同時に進行させる試みが、 ここでなされているように感じたのだった。  会場のタカザワさんと久しぶりに話しをし、帰宅。夕食は鳥大根。アド街 で神保町の特集をやっていた。懐かしく感じる。