2004.5

2004年5月

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5月29日(日)
 学生時代にお世話になったサックス奏者・野口宗孝さんのお墓詣り。
大学時代のジャズ研の仲間が集まる年に一度のイベントだ。大船に2時
集合。雨が降りだしそうな天気だったが、何とか持ちこたえてくれて
よかった。駅前でビールと日本酒を買い込み、お墓を掃除したあとみ
んなで飲んだ。そのあと更に飲み屋で一杯。ぼくはあと一週間くらい
で40歳を迎えるので、学生の時の約2倍の長さの人生を生きていること
になる。意識の根本のところは驚くほど変わっていない。でも、子供
を連れてきている人もいて、3,4歳くらいの彼らの気分の高揚ぶりとか
突飛なほどの行動力を目の当たりにすると、自分が多少なりとも世慣
れてきていることが悔しくなってくる。先輩の岸本さんが、「人間は
小さい子供の時が一番頭がいいんじゃないか、家族でいるとそう思え
てしょうがない」と言っていたけれど、興味のあるものに突っ走って
いく力、直観をそのまま反映させたような物事の判断に接すると、な
るほどと思ってしまう。
 野口さんが、子供の直観力をサックスの音に置き換えたようなミュ
ージシャンだったことに今更ながら気がついてしまったのだった。

 ハイティンク指揮のドレスデン・シュターツカペレの演奏を聞いた(
サントリーホール)。曲目はブルックナーの8番。とにかくオーケスト
ラの性能がすばらしく、特に金管楽器は強力だった。ブルックナーの交
響曲はオルガンのような響きがする、とはよく言われることだが、今回
の演奏はまさにそうで、深々した森に踏み込んでいくような感じだった。
こういう響きは、日本のオーケストラにはなかなか望めないもので(だ
から日本のオケがダメということはないが)、響きのイメージには民族
性というものが濃く反映されるものなのかもしれない。
 ハイティンクのうねるような棒さばきにうっとり。ハイティンクは高
齢のはずなのに、この力のこもった指揮ぶりは何だろう。演奏が終わっ
てからも、興奮した聴衆から何度も舞台に呼び戻されていた。

 友人の詩人・今井義行さんから第4詩集『ほたるのひかり』(思潮
社)をいただく。ぱっと開いて、以前より手強い言葉が並んでいるな
あ、という印象。早読みしたくないので、時間を取って喫茶店かどこ
かでじっくり読むつもり。 あとで感想をアップしよう。


5月9日(日)  雨。結構寒い。でも、この肌寒さを享受できるのも今のうちかな。 やがてうだるような暑さがやってくる。もう長いこと生きているのに、 いまだに季節の変わり目にうまく対応できないのはなぜだろう。  このところ、ぼくのサイトの<豪華客船POEM号>コーナーに詩人の 中村葉子さんが連続して作品を寄せてくださっている。どれも生き生き していてとてもいい。『冬の果て』という詩は、北の小さな町で死んだ コアラを拾った、というものだが、変に面白おかしく語らないで、ちゃ んと自分の人生の問題に結びつけながら律儀に語りつくしている。それ で一層ユーモラスな味わいが出る。『時間と時計』という作品は、何や ら日常の習慣についてキマジメに考えているうちに、突如、ラーメン屋 の空間に飛び出てしまうところが意表を突く。中村さんの詩を読んでい ると、詩にとって「飛躍」とは何か、ということを改めて教えられる気 持ちになる。人間のきまぐれな心持ちを忠実に追っていくと、思いがけ ない思考の凸凹に出会い、それを言葉にすると、普通は接点がなさそう に見える時空や想念が、いとも簡単にくっついてしまう。そうやって矛 盾や非論理を乗り越えて何とかやっていくのが、生きていくということ なのだろう。詩を書くということと、一生懸命生きるということの、新 鮮なつながりを教えてもらった気がした。  川内倫子『AILA』展に行く(リトルモア・ギャラリー)。川内倫 子は若い女性写真家で、今回の作品は「生命」に焦点を当てたものであ る。馬、羊、鹿など、動物園や牧場を訪れて撮影した動物、蚊や蝶など の昆虫、人間の女性の出産シーン、などなど。題材は広いけれど、生命 のパノラマにはせず、一つ一つの出会いを大事にし、個々の対象と個別 に関係を結びにいくような暖かさが魅力的だ。  東京都美術館に「栄光のオランダ・フランドル絵画展」を見に行く。 お目当ては、少々俗っぽいが、フェルメールの「画家のアトリエ」。滅 多に見られない傑作なだけに、この絵の前は大変な人だかり。確かに、 出展されていた他の名作にはない大胆なクールさがあって、古さを感じ させない。絵というより、写真を見ているような感じに近い。描写が細 密ということではなくて、題材をうたいあげる主観性よりも、題材を「 もの」として扱う客観性が勝っている。科学が台頭してきた時代に相応 しい表現と言えるのだろうか。  ブリューゲルの動物の素描も、豊かな運動性が感じられて面白かった。 レンブラントやルーベンスの作品もあるし、足を運んで損のない展覧会 でした。 福田官房長官の突然の辞任。年金未払いなんて、たいした問題ではな いように思うのだが、様々な課題が行き詰りを見せている中、「潔さ」 を演出するというのも一つの「手」なんでしょうかね。あ、菅直人も辞 任か。
5月2日(日)  イメージフォーラム・フェスティバルを見に、新宿パークタワーホー ルへ。昼間暑かったので上着なしに歩き回っていたのだが、夕方になる と急速に冷えこんで、ブルブル震えながらホールに到着した。この季節、 油断大敵ですね。  岩澤実穂の「九十九里の女」は、男に振られて自殺した女が鰯に化け て男に食われ、男の体内で暴れて男の命を奪う、というホラー。日本昔 話のようなオハナシだが、実際、御伽噺を語るような口調でナレーショ ンが進んでいく。「九十九里では地引網が盛んだった」と語るところで は、地引網で漁をする様子が実際に映し出されるし、「男は鰯が好物だ った」と語るところでは、鰯が切り身にされる様がアニメ映画風に展開 される。また、女が裸体を晒してエロティックに身をくねらせるシーン が本筋とさして関係なく何度も挿入される。どうもこれは新手の「見世 物小屋映画」のようだ。作者の頭にビビッときたポイントが、唐突に拡 大されて供出され、観客は度肝を抜かれる。自分は女性なんだという自 覚と九十九里に生まれ育ったという作者の郷土意識を、物語の形式を借 りてそのままポンとイメージ化した面白さがあるなと思った。  小池照男の『生態系13 本影錘』は、菊の品評会の様子を入念に映し 出すことから始まって、小池照男独特の物体を激しくアニメーション化 した映像の乱舞が続く。もとは花や野原なのだが、何度も重ね撮りする など独自の処理を施すことにより、この世のものとは思えない光景が目 の前に広がっていく。亡くなった父親への追悼の気持ちがベースになっ ている。確かにこの異様な映像群は、「あの世」をただちに連想させる。 作者による篠笛のライブ演奏もあり、胸を突かれた。  鈴木志郎康の「極私的に臨界2003」は、一見淡々と進行するシンプル で日常的な映像が、複雑な感慨をもたらす作品。越後妻有アートトリエ ンナーレのビデオフェスティバルの審査員を引き受けた作者が、下見も 含めて冬から夏にかけて何度か現地を訪れた際の映像と、自宅の庭に生 い茂る草花を撮った映像が、時系列にそって交互に映し出される。トリ エンナーレに出品される作品の数々は、以前の芸術作品に比べ、格段の 表現意識の広がりを見せている。作品は必ずしも作者の頭の中で完結す るものだけではなく、自然環境や見に来た人々との触れ合いに作品の広 がりを委ねたものが多くなってきている。彫刻家の海老塚耕一氏の大き な彫塑作品のセッティング風景も映し出されるが、数ヵ月後に同じ作品 を見に行くと、葉が落ちていたり錆が浮き出ていたりで、周囲の自然の 影響を深く受けているのがわかる。 一方、自宅の庭では四季の移り変 わりとともに、植物が花咲き、実をつけ、萎れていく。その傍で生活を する者として、草花に深く思い入れをすることとなる。芸術においては、 個人で完結する思潮が「臨界」を迎えて、自然や人との偶然の巡りあわ せを取り込んだ新しい作風が切り開かれる。草花にあっては、硬い種が 破れて芽が吹き、花が咲いて、散り、実をつけるといった、「臨界」を 迎えては次の段階に移るという生育のサイクルが観察される。老境に入 った自身の在り方を、これら「芸術/植物」の変化と重ね合わせ、若い芸 術家の表現への関心を深めていく−。  「臨界」にぶちあたった事物は、次の段階に脱皮するか壊れるかする しかない。植物が枯れても次の世代の種を残していくように、人間の精 神も、他人の精神に自己のエッセンスを残したい欲求を持つだろう。だ けれど、残しはしても個体としての「臨界」、つまり肉体の死は避ける ことができない。「自分」を自分以外のものとの関係性を含むものとし て捉えようとすることと、にもかかわらず物理的に消失してしまう運命 であることを自覚すること。この二つの想念の、柔らかで繊細なせめぎ あいが全編に張り詰めていた。志郎康さんの映画は、考え抜かれたナレ ーションが特徴的だが、今回の作品は、ナレーションとナレーションの 間の沈黙の部分が、とりわけ雄弁な作品だったと言えると思う。 →作者のHPの特設コーナーはこちら  五月の連休になると、日頃の猛烈な忙しさも一時休止する(実は今年 は会社のシステムエラーの処理で、2,3日駆け回ったりもしたが)。休み だというのに誰とも会わず、旅行もせずの、つまりいつもの非活動的な 自分の裸形が見えてくる。この、孤独であることの心地よさと不安は、 ともどもに年々強くなってくるようだ。  とりあえず、いい詩が読みたい。誰か、面白い作品を紹介して下さい。