関口涼子との往復書簡1

昨年末(2001/12)に、フランス在住の詩人関口涼子さんからフランス語版の 詩集Calqueを贈っていただいたことをきっかけに、日本とフランスの詩の現状に ついてメールのやり取りを行う機会を持った。数回のやり取りの後、このまま私信に留 めておくのは惜しいとの気持ちが湧き起こり、関口さんの了解を得て、サイト上でメー ルを公開することにした。 関口さんによると、フランスの詩人や芸術家たちは公共機関と積極的な関わり合いを 持ち、自立した市民として社会に働きかけることを望んでいるということだった。個々 バラバラな活動に終始し、公共団体から予算を貰えることなど滅多にない日本の詩人や 芸術家の場合とは全く事情が異なるので、さすが文化の国フランスだな、と考えさせら れた。 また、詩の表現自体についても、ぼくが作品としてのまとまりより一つ一つの言葉のた たずまいや存在性といったものを重視しているのに対し、関口さんは言葉の構造性・書物 としての一貫性を重視していることがわかり、興味深かった。 概してフランスの詩人は市民社会を内的に変革する役割を自覚し、抽象的なレヴェル で、しかも複数の言語にまたがって言葉の問題を考えている。いわば知識人の役割を兼 任しているが、日本の知識人のように大衆から遊離してはいない、ということになるだ ろうか。ともあれ、社会参加する芸術の可能性について余り考えたことのなかったぼく は強い刺激を与えられたのだった。 関口さん、どうもありがとうございました。 2回目の書簡へ 3回目の書簡へ 4回目の書簡へ 5回目の書簡へ <灯台>に戻る TOPに戻る
第一回目のメール 今年も残り僅かですね。 いかがお過ごしでしょうか。 先日は詩集Calqueをお贈りいただき、ありがとうございました。フランス語が読めない ので具体的な感想などは言えないのですが出版社と著者双方の、作品を読者に問うことに 対する意識の鋭さを感じてすがすがしい緊張感を覚えました。関口さんの作品のような、 タイポグラフィやシンタックスの工夫に重きを置いた詩の翻訳の難しさは想像に余るもの があるのでしょう。その困難を乗り越えて読者に辿り着こうとする情熱に打たれました。 ところで少しお聞きしたいことがあります。 フランスでは、詩集はどのように流通しているのでしょうか。 日本では現代詩の詩集はほとんどが自費出版ですよね。一般書を出す出版社は現代詩に は見向きもしないのが普通です。そして思潮社のような雑誌を持っている(かつ日販やト ーハンのような大手取次と取り引きのある)詩専門の出版社が「詩壇」を形成してある価 値観で詩を分別しているというのが現状だと思います。思潮社を除くと、詩集を出す版元 は地方小流通センターと取り引きがある程度の、小出版社だけということになります。こ の場合、ほとんど書店の店頭には並びません。つまり、友人知人に手渡したら終わりとい うことになります。 最近ではインターネットで詩を発表するのが一般化して、歌謡曲の歌詞のような詩があ ちこちで見受けられるようになりました。作品としてよいものは残念ながらなかなか見つ かりません。ネット詩人の台頭とともに、現代詩の権威が急速に失墜している感じです。 フランスでは、どんな詩人たちがいて、どんな詩を書き、どのように流通しているのか、 とても興味があります。もしお暇がございましたらお答えいただけますか。 どうぞよろしくお願いいたします。 辻 和人
関口さんからの返信 メッセージをありがとうございました。確かに、詩集の流通は、私も、こちらに来たと きに一番気になっていることでした。フランスの中規模出版社以上で詩集を出しているの は3社で、ガリマール、フラマリオン、そしてPOLのみです。そのうち、ガリマールは (詩集に関しては)新人をもう採らないし、フラマリオンは年に4-7冊ほどしか詩集を 出さないので、新人を発掘したり、30、40代の中堅詩人の詩集をもっとも多く出して いるのはPOLということになります(月に2,3冊の詩集を出しています)。基本的に これらの出版社は全部企画本なので、著者が身銭を切ると言うことはありません。私の場 合には、初版1500部で、出版社が指定した送り先に献呈本60冊ほどと、40冊ほど 個人的な送り先への献呈本は、送料も含め皆向こう持ちでした(その他に著者の取り分が 20部)。著者買い取り義務はなく、買い取る際には40パーセント引きです。決して悪 くはない条件だと思います。 これらを抜かすと、中・小出版社となるのですが、例えば、年齢が上の詩人を割と網羅 しているのがファタ・モルガナ、文学エッセイから広く若手詩集も出しているファラーゴ、 おそらく詩人が経営しているアル・ダンテなどが書店で比較的よく見かける中出版社(こ の辺はおそらく詩集は十数冊といったところ)、小さいのは数知れないです。 何日か前にもう一冊詩集が出たのですが、それはマルセイユ国際詩歌センターというとこ ろの出版です。ここは、フランスでは唯一といってもいい現代詩歌のセンターで、海外詩 人のアーティスト・イン・レジデンス、図書館、セミナー、朗読会、展覧会などの活動を 行っていて、その中に出版活動も含まれています。ちなみに、これは500部出版、著者 用には20部でした。費用向こう持ちです。 企画本が成り立つ背景には、国が詩歌にお金を出しているという状況があります。国立 出版協会のような組織があって、演劇・美術・詩歌・哲学・歴史等の、文化的に貢献して いるにも関わらずそこから経済的な利益が望めない分野に関して、かなりの額の(おそら く出版費用の半分に上る)補助金を出しています。とはいえ、全部の詩集がこの恩恵にあ ずかるわけではないので、審査委員が誰か、どこの出版社から出るのか、などによって微 妙な力関係が生じているようです。先の中規模以上出版社の中では、唯一ガリマールがこ の補助金を申請しないでもすんでいます。もっともガリマールは、現代詩の他にも、ガリ マール詩文庫でアポリネール、ランボー、ボードレールなど売りまくっているので(これ らの詩人の文庫本は何十万部の単位で売れるそうです)、ちょっと事情は違うかもしれま せんが。 パリでは、詩集を扱う本屋は一桁です。サンジェルマン(ラ・ユヌ)、カルチェラタン (コンパニー)、モンパルナス(チャン)、マレ(ミシェル・イニヤジ)、15区(ディヴ ァーン)にそれぞれ1軒というところでしょうか。モンマルトルの方にも1軒あるらしいで すが、確かではありません。先に述べた、もっとも恵まれた出版社のカテゴリーになると、 チェーン店本屋にも並ぶ可能性が高くなりますが(時にヴァージンメガストアの店頭に並 んでいることもあります)、そうでなければまず紹介されることなく手渡しで終わること になります。この辺は日本とあまり変わりません。それから、出版のために身銭を切るこ とが少ない代わりに、詩の賞というのもほとんどありません。その価値が認められている と思われるのは賞は3つで(パリ市詩人大賞、マラルメ賞、マックス・ジャコブ賞)年輩 の詩人が受賞します。それ以外の賞はメディア的に影響力がないので、そういう形で紹介 される可能性は日本に比較すると少ないようです。 とはいえ、全体的には、フランスの現代詩は日本のそれよりも今のところずっと活発な ように私の目には見えます。その辺のところも、また機会を改めて詳しくお話しすること ができたら、と思っています。今日のところはこの辺で。 少し早いですが、新年のご挨拶も。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。 関口涼子